体験したことで冷静になれた

家族や身近な方の葬儀というのはそう何度も体験できることではないんだなと思います。
数年前、学生時代の恩師の葬儀に参列した経験がありますがそれが自分にとって初めて体験した葬儀でした。
持って行くものやご遺族にかける言葉、焼香のやり方など何も分からず悲しみの中でオロオロとネットで検索して調べ親に電話して聞いたりしたことを覚えています。
そのときに親にかけて貰ったのは「誰でも葬儀なんてたくさん経験するものじゃないから大丈夫」と言う言葉と「やり方より気持ちだよ」と言う言葉でした。
その言葉で「間違っても大丈夫だ」と言う安心感が生まれ、自信を持って恩師をお見送りすることが出来た気がします。
そして葬儀に参列したことで初めて「人は死ぬ」ということを真正面から見つめることが出来ました。
今でもすごくありがたい体験が出来たと思っています。
その後もお世話になった親族の葬儀がありましたが一度葬儀に参列した体験から死を冷静に受け止めることが出来ました。


方法の変化と時代の流れ

私の生まれ育った地域は、いわゆる田舎の地域でしたので、葬儀といえば親戚はもちろん集まりますし、お世話になった近親者関係者ご近所さんにも連絡が回って小さい頃から葬儀に参列することが当たり前でした。
しかし、時代の流れと示談の変化に伴って、小中学生のうちは葬儀に参列したことが無いとか、社会人になって会社の関係での葬儀が初めて参列した葬儀だとかそういう人が増えてきました。
私としては、こういう話を聞いたときにとても驚きましたが・・・。
そんな時代の流れも私の地域でも浸透してきまして、最近では高齢者世帯が増えたこともあり葬儀といっても、家族だけの家族葬でいいかという家が増えてきました。
そんな時代の流れにまだまだ違和感を感じていますが、我が家でもそういう話が少しずつ出るようになり、大きな葬儀をすればお金もかかるし、来てもらう方も来るほうもお金と時間を使うことになるので家族だけの葬儀のほうが気持ち的にも楽なのかなと思うようになりました。
今後は、また今とは違った葬儀の方法が出てきて浸透していくのだろうなと思います。